双眼鏡 防湿庫

〜 カール・ツァイスの趣ある旧式双眼鏡の備忘録 〜

Deltarem 8x40 

80年前の超広視界双眼鏡「Deltarem(デルタレム)」(実視界11.2度:旧JIS・見掛視界90度)。

第2次世界大戦時、ドイツ空軍が飛行機からの偵察で使っていたIF式Deltarのセンターフォーカス版。

Zeiss Deltarem 8x40

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Deltrintem(デルトリンテム。ポロ型双眼鏡の歴史的原器)の2倍の価格であった(1935〜1943年)。日本天文研究会・中島先生の寄稿月刊天文2004年3月号)によると、当時の日本では500円(大卒初任給半年分以上)だったそうだ。発売直後の貴重なレビューとして、1938年にカナダ王立天文学会の科学雑誌へ掲載されたPeter Millman氏による記事「Binoculars Suitable for Telescopic Meteor Observation(流星観測に適した双眼鏡)」が残っている。直訳すると、「デルタレムは特に注目すべきツァイス製品で、最近発売されたばかりの双眼鏡です。筆者はトロントのツァイス代理店の厚意により、この双眼鏡をテストすることができました。この双眼鏡は90度以上という驚くほど広い見かけ視界を持ち、流星観測に非常に有効です。大きな視野の端では多少の歪みが検出されますが、視線を端に向けると、かなり解消されます」と、他の双眼鏡よりも傑出したスペックだったことが記されている。

しかし、現在では良品の残存数は少なく、極上品はebayで36万円近い値がついたこともあった。Nikon WXが販売されてからは、骨董品としての価値しか無くなったか。最近は比較的安く入手できるようになったが、メンテナンスしても、実用に耐え得る個体は少なそうである。

 

Zeiss Deltarem 8x40

本機は、英国の古物商から譲り受けた物で、元はコレクターの所有品(遺品)だった。そして、単層コートが施されたレア物。終戦直後の1945年頃、当時生産中止となっていたデルトリンテム・リヒター等の戦前〜戦中の旧製品の在庫パーツを活用し、コーティングした再生産品があったことは以前からマニアにも知られており、その中に少数ながらデルタレムもあったのではないか、と推測する。もしくは、余程の双眼鏡マニアが、コーティングの後加工をイエナ工場か他の光学会社に頼んだか。尊敬するハンス・シーガー博士の回答では、それは「a complicated and expensive procedure(困難で高価な手段)」だったとのことで、個人的には前者かと思う。しかし、光学性能を追及したギークが(金に糸目を付けず)、10〜20%の透過率向上のため、真空蒸着機とノウハウのある会社にコーティング処理を依頼した、というストーリーも中々面白いのではないだろうか。もしも、Nikon WXが登場していなければ、私も同様のことを画策していただろう。

デルトリンテム・リヒター(ノンコート)との比較

主に星見に使用。彗星の尾、微光星が良く見える。重量は1kgあるが、両手の手のひらに収まるので、観測時は余り重さを感じない。

アイレリーフが短く、眼球を接眼の目当てに押し込むため、熱でレンズが曇りやすい。星見には極端な近視だと視度調節が足りず、コンタクトレンズが必要となる。

視野中心はシャープ。良像範囲40%以内で、周辺は60〜70%辺りから崩れていくが、眼球をぐるっと回さないと周辺は見えないので、余り気にならないかもしれない。使える骨董品(ビンテージ)を愉しめる酔狂な御仁にしか、お薦めはできない。

 

*接眼目当て(アイカップ)について。本機は、オーバーコッヘン光学博物館所蔵のデルタレム同様、やや長い仕様。実測で2mm程伸び、天空を見上げる姿勢でも、アイポイントを定めやすい。内側の溝数も増え、見口の美しさが際立つ意匠だ。

 

Deltarem 8x40

機材: 8x40 Field 11.2°1000m視界/199m

射出瞳径: 5mm

 

【 追記 May 4, 2022 】

Deltarem登場から80年となる2017年に発売された、現代の超広視界双眼鏡「ニコンWX」。
それは、造り手の熱い想いと最高水準の技術をコスト度外視で投入した、比類なき双眼鏡。

 

 

 

 

 

 

 

 

【 追記 Apr 4, 2021 】

cloudynightsフォーラムの、WX、NL、Dialyt 7x42、Deltaremの比較記事。Deltaremのアイレリーフが短いので、撮影に苦労したようだ。外縁に近づくにつれ、かなり圧縮されている。肉眼で覗いた感じでは、もう少し崩れ方は穏やか。